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初台阿波踊りの歴史
オリンピックの開催と同時に各家庭ではテレビが普及しだし、初台ではお祭りのイベントとして屋台や演芸をやっていましたが、見物客がほとんど来なくなり、初台商店街青年部で“新しい街づくり”として「何か楽しいイベントはないか?」と模索する中、高円寺で阿波踊りが盛り上がっている事を知りました。そこで初台でも“踊り”で人集めができないものだろうか?という協議の結果、『スタイルにこだわらず、誰でも参加できる阿波踊り!』をキャッチフレーズに話がまとまり、『初台阿波踊り大会』が始まりました。
最初は誰一人、阿波踊りを踊れる人、鳴り物ができる人がいなかったため、数ある高円寺の連の中から「菊水連」を招待して開催し、大成功を納めました。これだけ人が集まるのなら練習を重ねれば、初台でも「連」が作れるのでは?という青年部の動きで、昭和45年から代々木八幡神社の例祭で奉納の踊りという形として『初台阿波踊り』がスタートしました。今では「初台商盛会初台連」「ちびっ子連」「藤連」「鼓舞龍」「陽光連」と、いくつもの地元連が活躍するようになりました。
平成3年から『高円寺阿波踊り大会』への参加も始まりました。初台青年部の意志は次の世代から世代へと引き継がれ、現在では数多くの参加連を迎え「初台阿波踊り大会」の来場者は1万人を超えます。